三日月禿げと水底の魚
先日、理髪店で同年代の女性店員にカットしてもらったときのこと。
店員が「頭を手術したことあるんですか?」と訊いた。僕の後頭部には三日月禿げがあるのでそのことを言ったんだと分かった。「いいえ、子供のとき怪我をした痕です」「男の子はよく怪我をしますもんね」そんな風に会話は終わった。
三日月禿げは散髪すればすぐに分かるほどの大きさだけど、大人になってからすっかり忘れていた。散髪中に言われたのは初めてだった。理髪店では客の傷跡のことは口にしないのが普通だろうから、たまたまその店員が少し天然だったのか、最初に少しくだけた会話をしたせいで気軽に訊いたのだろう。僕は何とも思っていないことなので気にならなかった。
カットしてもらうあいだ、傷ができたときのことを思い出した。田舎の実家の近くに有刺鉄線で囲われたプール(水利)があった。有刺鉄線をくぐって侵入したとき後頭部を引っ搔いて怪我をしたのだ。出血したが痛みを感じなかったため、病院に行かずに頭に手ぬぐいだけ巻かれていた記憶がある。
立ち入り禁止のプールに忍び込んだ目的は、水底に太陽の光が差し込むと細長い魚のような生き物が泳いでいる姿を見れるからだった。僕は子供の頃から生き物、特に水中に住む生き物に興味があって、捕まえたり飼ったりしていた。あの細長い生き物が何だったのか今も分からない。
あれから50年経った今、僕の住居には水槽が一つあって、細長い魚のような生き物が静かに泳いでいる。
2021.6.16(水)曇り/雨