失くした眼鏡と奥さんの疑心

会社から帰宅すると奥さんが目を見開いて問い詰めてきた。奥さんは目が大きいので睨まれると怖い。

「ね、正直に言って。私の老眼鏡を昨日テーブルの上に置いたのはあなたでしょう！？」

と、何を言っているのか分からない。

いくら知らない、やっていないと言っても「私を試そうとしてるんでしょう？」と言ってきて怖い。

半年くらい前に、おそらく以前勤めていた職場で失くしたであろう老眼鏡が、突然テーブルの上に出現したらしい。失くしたとき、職場の誰かが意地悪で持っていったのだと騒いでいた記憶がある。

しかし奥さんは家でも眼鏡や携帯をあちこち、畳の上とかに置きっぱなしにする人なので、自分で失くしたのだろうと僕は確信している。

その眼鏡がなぜ出てきたのか？失くした後に買ったよく似た眼鏡と二つ並べて首をかしげた。

「この家、誰かが勝手に入って、物を持って行ったり、置いて行ったりするんだ」

安物の老眼鏡を、誰が、何のために？と常識的な問いかけをしても「私を脅かすために！」と真顔で言ってくる奥さん。頼む、こっちに帰って来てください。

二日後、親族の葬式で実家に行った奥さんは、母親から「わしの老眼鏡知らない？」と訊かれて、謎は解けたのだった。

奥さんは実家で母親の老眼鏡で新聞を読んでいてそのまま持ち帰ったのである。よく似た眼鏡は三つあったのだ。

年のせいで忘れっぽくなっているだけだと笑い話しにして良いのか、もっと別の心配をするべきなのか、今は考えたくない。

2020.10.19（月）　曇り／雨