今日こんなことに気付いた

バイクと映画と犬が好きで趣味で漫画も描く50男が日々気付いた記録

窓際のカブトエビ

カブトエビは関東から九州にかけて農薬を使わない田んぼに発生する体長2センチ程度の甲殻類だ(分類上はエビとは別物らしい)。楕円形の甲羅に長い尻尾が付いていて映画「エイリアン」の幼生に似ている。明治時代に日本に入ってきた外来生物なのだそうだ。生態の似ているホウネンエビは以前住んでいた社宅アパートの近くの田んぼで見かけたことがある。

僕は小学生のときカブトエビを捕まえたくて近所の田んぼを探し回ったことがある。けれど当時僕の住んでいた北陸地方には生息していなかった。ある日百貨店で「生きた化石トリオプス」という名前でカブトエビの飼育セットが売られていた。僕は大喜びで小遣いをはたいて買って帰った。付属のプラスチック水槽に汲み置きした水とカブトエビの卵の入った土を入れた。卵が孵化するには日光が必要と書いてあったので、洗面台の窓際に水槽を置いて飼育を開始した。

数日後、水槽の中には泥の中を這いまわるカブトエビが観測された。しかし翌日学校から帰ると窓際の水槽は空になっていた。びっくりして母に訊くと「汚い水が入っていたから流した」と言った。僕は母に泣いて怒った。

あれから45年経った今もホームセンターの夏休みの自由研究のコーナーでトリオプス(カブトエビ)飼育セットが売られているのを目にする。ふと45年前のリベンジがしたくなり、通販で乾燥卵を購入した。ガラス瓶とプラスチック水槽に採集した田んぼの泥と水を入れて数日おいて微生物が湧くのを待つ。卵を入れて2日後には可愛いカブトエビの幼生が泳ぎ回る姿が現れた。

 

窓際の瓶とプラ水槽にはそれぞれ体長5mm程度の幼生が4,5匹泳いでいます。成長が楽しみだ。今回は泥水を捨てる家族はいない。

2022.8.28(日)曇り/雨

 

mokatrip.hatenadiary.jp

 

 

お盆休み、娘のコロナ感染にあたふたする

広島市で一人暮らしする二女はアウトドア派だ。家族LINEに乗鞍岳登頂写真が送られた次の日は神奈川県で友達と会ってきたといって、深夜に僕のアパートに来て泊まっていった。次の週は北海道に行き、その次の週のお盆休みは静岡県の家に帰ってきてそのまま富士山を登ると言っていた。

僕もお盆休みは家に戻るので二女に帰る日程を確認したところ、今日PCR検査で陽性結果が出たのでしばらく自宅療養になってしまったと返事がきた。

一人暮らしでは真っ先に困るのは食事だろうと思った。家族LINEで何か送ってあげようと提案した。すぐに長女はAmazonポカリスエットとゼリー食を翌日配達で手配した。僕も「一人暮らし用レトルト食品詰め合わせ」を置き配で注文した。妻は段ボール箱に食材を詰めて近所のヤマト運輸に持って行ったが、デジタル化された発送手続きが難しくて、何度も打ち間違えて時間がかかったと憤慨していた。

二女の場合、あれだけ出歩いて人と会っていれば感染リスクが高まるのは自明だと思う。でも落ち込んでいる二女に説教する気になれない。妻にはくれぐれもきついことを言わないようにと念押しした(妻は娘にきつい言葉をズケズケ言うので)。

幸い二女は咳と微熱の症状だけですんだようだ。荷物が届いたお礼の報告とともに、広島市からも食糧と飲料水が配達されたことを知らせてきた。彼女のマンションの部屋にはすでに2カ月分くらいの食糧備蓄ができたという。少し慌てすぎたか。

 

2022.8.14(晴れ)

専門知識を活かした講師への道

転職して1年と4カ月が経った。以前の会社にいた頃と比べると1年が経過するのがとても長く感じた。それだけ新鮮な経験の連続だったのだろう。

転職は正しい選択だったと思う。それでも最近、今の仕事を定年まで(あるいは定年延長してさらに数年)続けていくことに疑問を感じ始めていた。

年収とか人間関係に不満はない。ただし業務が体力的にキツイことと、自分の専門分野、苦労して取った資格が十分活かせていないことが不満になってきた。今の職場にいながら仕事内容を変えていくことは可能だけど、それよりも定年後を見据えて別の可能性を探っていこうと思った。

自分にはおこがましいと思っていたけど、得意分野の資格勉強や社内教育を請け負う派遣講師の道を考えている。かつて自分が様々な講習を受けていたとき、鞄一つを持って講師活動をしている人生の先輩達に憧れの感情を抱いたのだった。僕は資格勉強で人一倍苦労をしてきた経歴があるし(つまり落ち続けてきた)、前にいた会社で業務の傍ら後輩や職場の人たちへ教育活動をしていた。少しブランクがあるけどやってみたい気持ちが強い。頭脳を使うし定年後も続けていける仕事として魅力的な気がする。収入は今よりも下がるだろうけど。

先ずは時間をかけて情報集め、実際に講師をしている人たちから教えを乞い、そして副業として始めていこうと思う。新しい目標が見えてきた。帰宅してダラダラとユーチューブ動画を見続ける生活は終わったのだ(たぶん)。

 

この決意を固めるために日限地蔵尊に報告してこよう。島田市にある日限地蔵尊は、期限を決めた願いを成就するパワースポット。以前に早期退職を決心したときに参拝して、その通りの結果を導いた実績があるのです。

2022.8.12(金)雨

「ひとの気持ちが聴こえたら」脳科学研究の現実がスゴイ

岡田斗司夫氏の切り抜きユーチューブ動画で本書が紹介されていた。最後まで視聴しないうちにアマゾンで購入することを決めた。

SF名作「アルジャーノンに花束を」を読んだのは多感な中学生時代だった。学校図書館でこの短編SFを読み終えたとき僕は涙ぐんでいたと思う。僕は周囲に打ち解けることが出来ずに疎外感・孤独感を感じていた。「アルジャーノンに花束を」はその後、日本で舞台化やドラマ化がされたが、僕は小説を読んだ当時の感動を大切にしたくてあえてこれらのエンタメは見ないようにしていた。(だいたい陽キャユースケ・サンタマリア氏が主人公チャーリーを演じるって何なんだよ?)

じゃなくて、本書「ひとの気持ちが聴こえたら」の話しでした。アスペルガー症候群で人の感情を読み取ることが出来ない著者が、経頭蓋磁気刺激(TMS)治療の研究プログラムに参加して、セッションの過程で一般人あるいはそれ以上の感受性を獲得する体験記だ。著者の体験はスピリチュアルな様相すら感じる。しかしTMS治療の効果は長続きしない。それは最初からプログラム参加者に説明されている。このプログラムはあくまで先進精神医療の基礎研究が目的なのだ。被験者が時系列で自身に起きた体験を語ることから、さながら現代版「アルジャーノンに花束を」というわけだ。はたして著者はこのプログラムを受けたことで何を得て何を失うのか。

著者のジョン・ロビンソンは子供の頃からアスペルガーによる孤独感と劣等感に苦しんできたが、けして哀れな境遇ではない。TMS研究者から「生まれながらのエンジニア」と称されるほど電子工学にずば抜けた才能を持ち、しかも知能が高いから自らの欠点である人の感情が読めない・場の空気を読めない・会話で相手を傷つけてしまうといったことを経験的に予防することで経営者として成功している。さらにアスペルガー作家として既に名が知られていて、患者や家族・精神科医を対象にした講演なども行っている。内面は劣等感に悩まされながらもはたから見れば成功者だ。

TMS治療というのは脳の特定の微小領域をターゲットに電磁信号を照射して脳細胞を活性化するイメージだろうか。実際はもっと繊細で複雑で、著者は自身がモルモットを志願するにあたって、事前に研究論文を読んでプログラム主催者と専門的な議論を重ねる。(なにせ知能が高いから)

TMS治療は脳への信号のインプットであるが、以前脳からの信号を拾って義足ロボットを操作する研究をTVで見たことがあるから、今は信号のアウトプットの研究も進んでいると思う。ちなみに本書が書かれた体験は2008年から2009年のことだ。

僕自身、小学生の頃から友達と遊ばずに一人で本ばかり読んでいる大人から見ると「困った生徒」だった。今なら軽度の自閉症アスペルガーの括りに入れられているだろう。家庭訪問で担任教師が僕のことで酷いことを言ったと母が憤ったことがあった。母は「先生はああ言ったけど、私はあなたの味方だからね」と言いたかったのだろうけど、僕は好きだった担任教師からそういうふうに見られていたことを知ってショックを受けた。

本書を読みながら自分の子供時代を思い出して少し悲しい気持ちになった。そして今の自分は自分が思っているほどまともな大人なんだろうかと不安になった。(多少の変人である自覚はある)自称サイコパス岡田斗司夫氏も自身の体験を重ねたのではなかろうか。そして僕の今の人生は「正しい選択をしてきた結果」といえるだろうか?

2022.7.18(月)晴れ

 

窓際のサンスベリアが幸運を運んでくれますように

ユーチューブ動画を目的もなく見ていたら、スピリチュアル系だか風水系の動画で、玄関にサンスベリアなどの葉先が尖った観葉植物の鉢を置くと運気が上昇するようなことを言っていた。僕は忘れないうちに壁のホワイトボードに「サンスベリアの鉢」と書いた。

頭が単純な僕はアパートの貧相な玄関に観葉植物を置きたくなった。そうすれば味気ない人生が一変するような幸運が舞い込むような気がして居ても立っても居られなくなった。

週末静岡の家に帰ったとき、妻に安い老眼鏡と葉先の尖った観葉植物の鉢を買いたいと相談して、ホームセンターに付き合ってもらった。お目当ての安い老眼鏡はすぐに見つかった。次に園芸コーナーに行こうとしたとき、さっき飲んだ缶コーヒーのせいかお腹の具合が悪くなってトイレに向かった。

トイレを出て園芸コーナーに行くと、妻がサンスベリアの鉢をレジで買った直後だった。500円くらいの一番安い鉢だった。老眼鏡は安い物を買うと宣言したが、縁起物の観葉植物まで安いものを買うとは言っていない。当人に相談せずに物を決めて買ってしまうのはいかがなものかと思うが妻はそういう人なので仕方がない。

 

2022.7.6(水)雨

以前住んでいた借家の行く末が気になる

5年間暮らした一戸建て借家を引っ越してちょうど1年経った。駅から徒歩15分の高台の住宅街にある築30年以上経った物件だった。

家主は他県に住んでいて一度も面識はなかった。僕らの前は子育て世帯が暮らしていた。引っ越し挨拶のとき、お子さんが騒ぐのは良いけれど庭でバーベキューするのは勘弁してくださいね、と隣の奥さんに釘をさされた。前の住人が子供とバーベキューをして、火の粉が飛んでくるのが怖かったそうだ。子供はもう大学生ですと言ったら、え、そんな歳には見えませんでした、と驚かれて少し嬉しかった。

 

ひと昔前の家の特徴として、比較的広い庭があるけど、駐車スペースが1台分しかなかった。今なら庭にするスペースがあれば車3台置ける駐車場にするだろう。幸い家の裏に月極駐車場があったので利用した。トイレもバスルームも少し狭かった。それでもこの家の5年間の生活は快適だった。近所付き合いや自治会行事は必要最低限で気楽だった。夜にウォーキングをするとき高台からの街の夜景が綺麗だった。周辺には桜の木が多くて春になると花びらが舞った。この家に住むようになって心に余裕が生まれたのかブログを始めた。

二女が通う大学がすぐ近くだったので、学園祭時には二女の学友が泊まりに来たし、留学生のホストファミリーも経験した。(アメリカ人留学生は日本の家屋の狭さに驚いたかも知れない)二人の娘はこの家から社会に巣立っていった。

 

引越した後にこの家にどんな家族が住むのか僕は気になっていた。それで週末に静岡の家に帰る途中に用もないのに高速を降りて、元借家の周りを車で走らせることがあった。妻には近所の人に不審に思われるから止めるように言われたが、僕はその後も見に行った。それほど思い入れがある家だった。というかなぜ妻や娘がこの家のことを一切気にかけないのか不思議だ。(あれ、僕が変なのか?)

いつ見に行っても家の雨戸は固く閉まっていて、庭の雑草は伸び放題だった。昨年末、外装が塗り替えられて庭木が剪定された。いよいよ新住人が決まったかと心が躍ったが、以降人が入った形跡は無く再び庭は荒れていった。

築年数が古すぎて新規契約が決まらないのだろう。思えば僕らが住んでいた当時から近所には空き家が増えていた。もし出来ることなら僕がもう一度この家に住みたい。今度は家賃を破格に安く交渉できるはずだ。

2022.6.26(日)晴れ

日常がルーチン化すると月日が経つのが早い

もう6月の半ば。今年に入ってから1週間が過ぎるのが早いと感じる。

去年は転職とか引越しとかイベントがたくさんあって、緊張していたせいか一年間がすごく長く感じた。それが今の生活に慣れてくると、元来の保守的な性分が出てきて平日の過ごし方が型通りになってくる。変化と刺激のない日々は印象が残らないからあっという間に過ぎていくように感じるのだろう。

 

定時に会社を出て18時にアパートに帰宅。作業服と下着(日によっては外出着やタオル)を洗濯機に入れる。洗濯機が動いている間にフライパンで餃子とか野菜炒めを作って夕食。19時洗濯機が止まり洗濯物を干す。フライパンと皿を洗う。ユーチューブ動画を見たり、動画配信でアニメか映画を見ているうちに21時を過ぎていることに気付き、浴槽にお湯を入れる。風呂を出てから続きを見る。22時を過ぎた頃に眠くなり、歯を磨いて、炊飯ジャーを明朝5時に予約して布団に入って寝る。平日はこれの繰り返し。

悪くはないけど物足りない。新しい刺激が欲しくて気持ちがざわついている。

2022.6.18(土)曇り