今日こんなことに気付いた

バイクと映画と犬が好きで趣味で漫画も描く50男が日々気付いた記録

娘に厳しくできなくて、

9月に会社を辞めて広島から静岡の家に帰ってきた二女。

仲間とホームページを作ったり、カメラマン助手のようなことをしているが、収入にはなっていない。もとより蓄えが少なく、失業手当が支給される前に金欠になっていた。

それなのに来月から始まるオンラインスクールの申し込みをしていた。3カ月間の受講料はそれなりに高い。小金持ちの長女からいくらか借りれたらしいがそれでも足りないらしい。授業料振込み期日が近づくにつれて不機嫌になっていた。妻とは価値観が合わないので相談すれば口喧嘩になってしまう。妻は、娘には地元で堅実な職場に就職して欲しいのだ。(そしてお嫁に行って孫を抱かせて欲しいのだ)

僕は最初、二女から仕事上の夢を聞いたとき「小遣いはあげるけど、お金は貸さない。何か始めるのなら、アルバイトをして資金を貯めてから始めなさい」と釘を刺していた。だからお金のことを相談しにくかっただろう。それでも振込み期限が迫ってきて困窮している娘を見るのは父として辛い。

結局、昨夜僕の方から、何か困っているのではないかと話を振ってしまった。二女が現状を打ち明けて、妻が怒りだして二女と喧嘩を始めて修羅場になった。

二女には、人から安易に借りたお金には重みがない。思うようにいかなくなったとき踏ん張れないのではないか。自分が苦労して貯めたお金で始めるべきだった。と言った上で、足りない分を貸すことにした。我ながら娘に甘いなー、と思う。

オンラインスクールを卒業したところで、その方面で成功できるのはトップクラスだけだろう。その中に入って欲しいと願う。僕が貸したお金は決して軽くない。

 

先日、石川に帰省する途中、朝日に照らされた立山連峰がきれいでした。

2022.12.11(日)晴れ

わらにもすがりたい親の心

以前勤めていた職場の親睦会ライングループから通知が来た。

友人の子息(中学生)が二日前から行方不明になっている。警察、学校、家族、友人らが捜索しているが見つからない。そこで情報提供を呼びかける写真付きメールを拡散して欲しいという内容だった。

最初は何となく違和感を感じてスルーした。メール文を読んだ限り、自発的な家出の感じがする。こんな風に名前と顔写真をネットで拡散することが本人を追い込むことにならないだろうか。

でも突然子供がいなくなった親の気持ちを思えば、子供の安全を確認するために手段を選んでいる余裕はない、わらにもすがりたい心情というのも理解できる。行方不明になった場所が長女と妻の勤め先に近いので、家族ラインにだけこのメールを転送した。すぐに二女から、別ルートですでにこのメールを知っていたこと、僕が最初に懸念したことと同じ意見が返信された。子供の立ち位置からすればやはりそうなんだろう。

でも親はあらゆる事態を想定したはずだ。居ても立っても居られなくて、写真の拡散が発見の糸口になる可能性があるなら、リスク承知でもそうしなくてはいられなかったのだろうと思う。

僕の子育てはこのような修羅場はなかったけど、一度だけ、中学に入学したばかりの長女が一時的に行方不明になったことがあった。会社にいたとき、朝家を出たはずの長女が登校していないと学校から連絡を受けた。長女は学校をサボったりするような性格ではないので、事故にあったり事件に巻き込まれた可能性が頭に浮かんで背筋が凍った。

結局、家を出たというのは妻の思い込みで、部屋のベットで二度寝をしていたという笑えるオチだった。この一件は以前コミックエッセイでも描いた。

mokatrip.hatenablog.com

 

その子が無事に帰ってくることを祈ります。

2022.12.6(火)雨

生活を一新する方法

今日は天気が良かったので、金沢八景駅を降りて野島公園に向かって海沿いの道を散策した。道沿いにマンションが建ち並んでいて、こういう部屋に住めたらベランダから海が見えて気持ちいいだろうな、と思った。

同じ生活を何年か続けていると閉塞感というか退屈感というか、とにかく何かを変えたくて堪らなくなる。これまでの人生で生活を一変させる出来事はいくつかあった。

経験上、主体的に行動できて大きな変化を実感したのは「引っ越し」だった。僕は子供達にも家を出て自活することを奨めてきた。

今借りているアパートは横須賀に再就職が決まってから急いで決めた物件だった。大きな問題はないけど、リサーチ不足だったせいでいくつか不満なところがある。次の契約更新の機会に別の物件に引越してみるのも悪くないアイデアだ。

昔、会社の独身寮の四畳半部屋に住んでいたとき、仕事が面白くなくて毎日が辛かった。今思えばストレスが相当溜まっていたと思う。ある日夢の中で僕は、どこかの部屋の窓からキラキラ光る海岸を見下ろしていた。突然、故郷から遠く離れてしまったことに気付いて悲しくなって泣いた。目が覚めた後も窓から見えた海の景色と悲しい感情が残っていた。あれは将来のヴィジョンだったかも知れない。そして実現できるとしたら今だ。SUUMOで物件情報でも検索してみようかな。

2022.11.27(日)晴れ

大菩薩峠、86歳義父の聖地巡礼

要らなくなったカラーボックスを玄関前で解体していたら、母屋から義母が出て来て、じいちゃんと大菩薩峠まで車で走ってくれないかと言ってきた。

そういえば二年前、新蕎麦を食べに信州まで行ったとき義父が、いつか大菩薩峠へ行きたいと言っていたことを思い出した。若い時観た映画の場所がどんなところか気になりつつも、行きそびれているうちに免許を返納してしまったそうだ。

その日は特に用事もないし小春日和の晴天。じゃあ行けるときに行きましょう、ということで家にいた妻と二女に、じいちゃん達と山梨へ行ってくると告げると、自分たちも行くと慌て出した。

旅好きな二女が、大菩薩嶺に行っても登山道しかないから、どうせ行くなら昇仙峡がいいよと言いだした。違うんだ、これは聖地巡礼なんだと言ったら納得した。

義父が観たという映画は1960年公開の市川雷蔵主演「大菩薩峠」だろう。他に同名映画で片岡千恵蔵や仲代達也が主演したものがあるけど市川雷蔵版が一番有名みたいだ。僕は観たことはない(多分観ることもない)。当時の義父は20代半ば、僕も20代に観た映画は思い入れが深い作品が多いから義父の想いには共感できる。

行きはカーナビを頼って、東名御殿場ICから中央道に乗って大月ICから塩山に向かうルートになった。山は紅葉がところどころ残っていて青空に映えて綺麗だった。山梨県側から見る富士山は既に薄く雪を被っていた。久しぶりの行楽に義父は多弁になっていて後部座席で妻とワイワイしゃべり、僕と助手席の二女はやかましいなーと思っていた。

大菩薩峠ラインという道を走り(はい、たぶんここが目的地大菩薩峠です)、途中から登山道駐車場に向かう道を登り始めたが、車ですれ違うのも難しい細い道で、しかも登山を終えた車が次々下ってくる時刻だった。この道は無理ー、と言って引き返した。帰りは二女に運転を代わってもらって、河口湖ICから朝霧高原を通るルートにした。

車中から紅葉を見るだけのドライブだったけど、義父は念願を叶えたし、良かったのではないか。

翌日妻が「あの場所は以前も行ったよね。柿を買った農家の駐車場は前に行った記憶があるから」と、誤認の記憶を語り出した。いつものことなので反論する気になれず「そうだね、別の世界でそういうことがあったんだろうね」と最近流行りのマルチバース理論で煙に巻いた。

2022.11.23(水)雨

軽井沢・安東美術館でレオナール・フジタの絵を見る

軽井沢といえば、有名な避暑地で高級別荘地という印象だ。僕の平凡な人生とは無縁で一度も訪れたことがなかった。

日曜日の朝、妻が「今日は用事ある?」と訊いてきた。こういうときは返事に用心したほうがいい。「特に用事はないけどやりたくないことはしたくない。」と曖昧な返事を返した。

安東美術館で藤田嗣治(つぐはる)の絵を見に行きたいと言われた。軽井沢に新しくできた美術館で今日が開館日だという(※)。フジタツグハル?どんな画家だっただろう?検索してすぐに納得がいった。レオナール・フジタ、前髪パッツン、丸メガネに面長の顔、フランスで活躍した、特徴的な少女画で有名な画家だな。

自宅から軽井沢まで270キロあるけど、最近遠距離ドライブに慣れているので車で行くことにした。藤田の絵よりも軽井沢という場所に一度行ってみたいという気持ちが強かった。

完成したばかりの安東美術館は軽井沢の街に相応しいお洒落な外観だった。時刻が15時を過ぎていたせいか人はそれほど多くなかった。

藤田が戦前フランスに滞在した時代の絵、すでにこのときから画風は確立されている。日本に戻ってから軍に協力して描いた戦争画(この活動がのちに国内で非難される)。そして戦後フランスに永住してから描いた代表的な少女と猫の絵、聖母子画など、約180点の作品が展示されている。

もちろん絵は素晴らしいのだが、女性や少女の顔はどれも同じ特徴、平面的で少し両目が離れていて、無表情あるいは微笑を浮かべていて、一目でレオナール・フジタの絵と分かる顔だ。ファンにはたまらない魅力なのだろうけど、正直僕はもっと違う顔が見たいと思ってしまう。

これは僕の勝手な想像だけれど、藤田はこの個性的な少女画で有名になり過ぎてしまって、他の画風で描くことが許されない状況だったのかも知れない(画商から同じような絵の注文しかこないとか)。展示されていたデッサン画の中には写実的な女性像もあったから、やろうと思えばいろいろな画風で描けたんだと思う。

妻はかねてから僕が油絵を昔にやめてしまったことを残念に思っていて、ことあるごとに僕が絵に興味を持つように仕向けてくる。美術館に行こうと言ったり、最近では映画「線が、僕を描く」を観に行こうと誘ってくる。いや、もう絵を描く情熱ないんだけどね。

2022.10.30(日)晴れ

※この文章は10月8日(日)に下書きを書いた

ドライブマイカー、広島まで800km

横須賀市から広島市までの距離は800kmだった。

広島で一人暮らししていた二女がいよいよ退職して静岡の家に戻るので、引っ越しを手伝いに車で出向くことにした。会社から帰宅して夕食、洗濯、シャワーを終えて、19時半に横須賀の単身アパートを出発。

いつもの週末なら高速道路を2時間走って東名富士インターを降りて、家に帰るのだが、この日はスルーしてさらに西へ走り続ける。

伊勢湾岸自動車道では四日市の工場群の夜景がSF映画みたいでキレイだ。大阪を通過するときは太陽の塔の顔がバッチリ見えた。

0時半、行程の半分400kmを走った地点の滋賀県のSAで仮眠をとる。クロスビーの後部座席と助手席を倒して、キャンプ用の折り畳みマットを敷くと足を伸ばして横になれた。周囲の車の明かりが気になるので毛布にくるまって就寝。

4時半に眼が覚めた。トイレを済ませて再び走り出す。途中で車の後方から朝日が差し込む。岡山県に入ってからSAで朝食を食べて、二女に10時頃に着くとLINEした。引っ越し業者は朝に来ると言っていたから、着いた頃には荷物は運び出された後かも知れない。

広島インターを降りて、10時半にマンション駐車場に着いた。疲れたし休憩したいところだ。二女の部屋に入って絶句した。絶賛荷造り真っ最中、足の踏み場もないじゃないか。引っ越し業者は何時に来るのか訊いたら、午後1時に変更したという。それでも間に合うようには見えないんだけど!

昨晩は会社の人たちが送別会を開いてくれたそうだ。そこで大泣きして、帰って、寝て、起きてからようやく部屋の物をダンボール箱に詰め始めたそうだ。二女は、眠い、お腹すいたを連発する。こっちだって眠いしフラフラだよ。でも手を止めるわけにはいかない。段ボール箱を折って、詰めて、玄関前に積み上げる。

結局、引っ越し業者に来てもらう時刻を15時以降にずらしてもらった。その後、不動産屋に部屋の明け渡し完了。

二女が乗り込んで、尾道まで走って尾道ラーメンで遅い夕食をとった。予約してくれた温泉ホテルに着いてようやく一息ついた。

翌日の午前中は僕の希望で、二女にしまなみ海道尾道を観光案内してもらった。二女が勤めていたのは観光会社だった。娘の最後の観光案内、あるいは退職後最初の観光案内をしてもらったことになる。

 

しまなみ海道ロードバイクの聖地だそうです。

2022.10.3(月)晴れ

 

妻の本気の行動力

金曜日の朝、単身アパートで出勤支度をしていたら、静岡の家から妻が電話をかけてきた。広島で一人暮らしをしている二女のことが気になるから、今日の仕事が終わってから車で会いに行くと言う。いや待って、車って通勤に使っている軽のアルトでしょ。そこから広島まで片道650キロある。会いに行くのはいいけど新幹線を使いなさい、と言ってみたが、妻はこうと決めたら僕の意見など物ともしない。

今年の5月、二女は鬱の症状で心療内科を受診してしばらく休職した。その後復職したけれど、仕事に身が入らなくなってしまった。そして先月は新型コロナに感染して回復したばかりだ。先週にメールが来て、9月いっぱいで会社を退職することにしたと報告してきた。

妻は常々、二女は今の仕事を頑張って欲しい、と言っていた。そして妻と二女はお互いをストレートに批判してよく口喧嘩をする(性格が似ているのだと思う)。僕と長女から二女の退職の件を聞いた妻は、二女に電話をかけたが二女は電話に出なかった。僕はくれぐれも彼女を追い込むようなことを言わないように、妻に言い含めて電話を切った。

 

金曜の夜、静岡の家に帰ってみると家には犬だけ残されていて、妻は出発した後だった。以前にも車中泊をしながら広島まで走ったことはあるけど、そのときは二人で運転を交代しながらだった。一人で片道8時間を走るなんて長距離トラックの運転手だよ。

翌朝の8時に妻から電話がかかってきた。高速を降りてからナビの指示通り走っているのに二女のマンションに着かないと怒っていた。ナビに登録した住所が間違っていると思うから一度確認するように言った。しばらくして二女からお母さんが着いたとLINEが入った。

妻はマンションの部屋の掃除、ごみの片付け、水回りの清掃などを夕方まで行った。食事は二女が作ったそうだ。僕は妻がそのまま部屋に泊まって、翌日帰路につくと思っていた。しかし妻は、夜のほうが走りやすいという理由でその日にトンボ帰りして、日曜日(今日)の朝に帰ってきたのだった。夜に大阪を走っていたとき、太陽の塔が見えて面白かったそうだ。

当ブログでは妻の天然な行動を度々ディスってきたけど、今回はその行動力に脱帽した。

2022.9.4(日)晴れ